片山右京氏の遭難について
昨日職場の旅行で石和温泉に行ってきました。天気はほぼ快晴、丹沢を過ぎ富士山が徐々に大きく見える頃、過去に見たことがないラッセルの跡を発見した。場所は御殿場口より上り始め宝永山より右側300m上部。過去の嫌な予感が過ぎった。2000年2月に同コースをトレースし双子山でテントを設営したことがあるが、なぜか頂上付近はこの時期にしては着雪が見られなかった。それもそのはず、夜半から風速40mはあろうか過去に経験したことの無い風のためエスパースのテントは原型を有しないほどペッタンコになり早朝に撤収を余儀なくされた。登山もしくはクライミングにあっては、一概に「無謀」という言葉は使うべきではない。なぜかというと、この世界にあっては危険と隣り合わせが大前提であって、その中で装備や経験、知識、技量、運が作用しているわけで、安全な登山をやりたい人はその世界をやればよいのであって、一定以上の登山にあっては危険だけど極力安全にやっていくんだということではないかと思う。今回の遭難を思うに内容的には応用的技術ではなく、テント設営の基本的事項を守らなかった結果ですね。それからこのルートの積雪がかなり多いのでメンバーが少なくラッセルしきれない、またC1、C2、とルートを延ばさないとピークハントは不可能ですね。ルートの決定も如何なものか、佐藤小屋から上がれば積雪も少ないのに・・・。ヒマラヤに行った人が技量があるような報道もあるけど、技量があるというのは冬季滝沢第三スラブを行きつけているような人の事を言うんですよね。これからの時期、我が研究会の皆さんも、基本装備は怠り無く、危機管理にも目を向けて下さいね。
1枚目の写真は遺体発見現場近くのコンクリートの建造物のところ。2枚目は積雪の多い頃。3枚目は強風でエスパースが押しつぶされている時のもの。4枚目は富士山をスノーボードで滑走したとき。
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コメント
片山右京がこの時期に富士山に登るなんて無謀と言う以外ない、冬山の怖さが体感できてなく同行の2人はたんに右京の犠牲になっただけである。何処かヨーロッパの山に登ったことが在るとの事であるがガイド付で居たせりつくせりの登山をして山の経験が有るなど言語道断である。5大陸最高峰登山を目指していたなどレーシングドライバー程度の経験しかない素人がチャレンジすべきことでは無い。右京個人事務所の社員だそうであるが右京に言われれば同行しなければ首になるので同行したに過ぎない。無謀をと売りこして単に殺人である。
投稿: hiro | 2009年12月19日 (土) 22時36分
片山右京がこの時期に富士山に登るなんて無謀と言う以外ない、冬山の怖さが体感できてなく同行の2人はたんに右京の犠牲になっただけである。何処かヨーロッパの山に登ったことが在るとの事であるがガイド付で居たせりつくせりの登山をして山の経験が有るなど言語道断である。5大陸最高峰登山を目指していたなどレーシングドライバー程度の経験しかない素人がチャレンジすべきことでは無い。右京個人事務所の社員だそうであるが右京に言われれば同行しなければ首になるので同行したに過ぎない。無謀をと売りこして単に殺人である。
投稿: hiro | 2009年12月19日 (土) 22時38分
hiroさん コメントありがとうございます
ご指摘の通りです
登山にあっては困難な状況であればあるほどごまかしが利かないんですよね。
投稿: | 2009年12月21日 (月) 09時06分